こんにちは
ピノサクです。
今日は理不尽に対して、僕たちはどう生きるのかを、僕なりに考えてみたいと思います。
(完全経験則ですのでその点は悪しからずです!)
僕が経験したことについて
この記事に関連する自己紹介
ネガティブ
- 小学生時代に虐められた経験あり
- 大学受験失敗
- 就職活動でドブラック企業しか内定なし
- 会社つらい
- 資格勉強つらい、受からない
- 妻が発達障碍者と結婚後発覚
- 突発性難聴、適応障害で休職を2ヶ月経験
- 妻の発達障害が過敏となり、家を出ていき調停まで起こされる
- 不貞行為も一切ないが、扶養義務があるから、制度だから、という理由で、反論虚しく大金の支払いが命じられる
ポジティブ
- 中学生の頃に虐められていた人が他人事とは思えず、人気者へプロデュース
- 仮面浪人を経て、MARCHへ進学
- 就活第2タームで金融系の大企業への内定
- 営業成績が継続的に全社的にトップクラスとなった
- 専門性を求め、経理部で連結決算の仕事を。チームを牽引
- 大好きな人と結婚する
- 第二の専門性として内部監査の仕事を。会社に無事に復帰。監査リーダーを経験
- 人生の臨界点を迎えたのか、衝動的に小説を書き1カ月で出版まで行う
皆さん、大なり小なりあると思います。
あくまで僕はこんな感じです。ちょっと赤裸々ですかね。
もちろん何かを学べたりポジティブな経験に昇華できたネガティブ経験もあったのですが、
なかには、ただただ理不尽だなーと感じるだけのものも正直ありました。
理不尽にはいくつか種類があると思う
理不尽だなって感じる思いには、以下のような声があるのではないでしょうか。

一生懸命勉強したのになんで報われないんだよ。。

生まれ持った体質のせいでなんで私ばっかりこんな苦労しなくちゃいけないの!

俺が何したっていうんだよ。何も悪くないのになんでこんな目に遭わなきゃいけないの
もしも自分が悪いって自覚があり納得感があるなら、ここまで苦しい思いまではしないものですが、
どうしても自分であれ誰かからであれ裏切られたり納得できないまま損をしてしまうと、理不尽を感じてしまうものですよね。
僕自身も少しばかりそのように感じる経験をしたことがあるのですが、ちょっと整理してみようと思います。
3つの種類に分けてみますが、個人的に優劣はないと思っています。
皆さん一人ひとりの経験は尊重されるべきだと思うからです。
人生で経験する理不尽の種類① 調整可能な理不尽(努力型)
これはこんな声のイメージです。

努力しても結果がでない。

正しく行動したはずなのに失敗した。

望んだ場所に届かなかった。
このような気持ちになる具体的な人生シーン
- 学生・社会人問わず受験合格のために一生懸命勉強したが、結果が出なかった
- 勇気を出して好きな人に告白したが振られてしまった。
- ダイエットが上手くいかない。他人との容姿の差を気にしてしまう
- 仕事で全力を尽くしたが、結局上手くいかなかった など。
この類の理不尽に直面するときは、人は何かに期待や希望を抱いていることが多いです。
僕自身も、こういう辛い気持ちになったときは、気持ちの面だったり、労力だったり、たくさんのエネルギーを掛けてぶつかってもダメだったときが多かったようにも思います。
処方箋
- あなたが抱いた前向きな気持ちと動けた軌跡には、あなたにとって意味がある。
- もし元気で健康な身体があるのであれば、またチャレンジを考えたっていい。
- このタイプの理不尽は、上手く反省できれば人生訓ができることも多い。それと、ちゃんと努力ができていればスキルや資産として残るものもある。
人生で経験する理不尽② 構造的な理不尽(制度・環境型)
これはこんな声のイメージです。

いじめられる。つらい。私が何したっていうの

弱者保護の法律だからってなんで何も悪いことしてないのに自分で稼いだ大金を払わないといけないんだよ。。。
このような気持ちになる具体的な人生シーン
- 仲間外れ、いじめを受けてしまっている
- 法律や制度に基づく不条理、不公平なルールにより損を受けてしまっている
この類の理不尽は、本人とは関係ない外の環境や制度が原因で生まれてしまう辛いケースです。
僕自身も、いじめや離婚騒動で婚姻費用を決める調停を経験しました。特に調停では何が正しいのかというよりも、相手方が発達障碍者であったことも原因して「決まっていることだから」と、反論虚しく大金を取られた経験があります。
処方箋
- 環境が原因であれば、変えてしまうのも手。勇気を出してみる。あなたを受け入れてくれる環境は必ず存在する
- 義務として逃げられないのであれば、しっかりと制度理解に努める。法的手続きは弁護士相談などを通じて毅然とした態度で。
人生で経験する理不尽③ 生存的な理不尽(不可抗力型)
これはこんな声のイメージです。

40度の熱がずっと出てしまって、何も考えられない。何もできないよ。

災害に遭ってしまってつらいよ。
このような気持ちになる具体的なシーン
- 病気になってしまい、苦しい状態が続いてしまっている
- 不遇の事故や災害に遭ってしまい、どうしようもない状態になってしまった
このタイプは、まず生き延びること以外の選択肢がありません。ここでは行動も思考も評価も意味を持たない。
ひたすら耐え、過ぎ去るのを待つしかない。そんな状態です。
処方箋
- その痛みが過ぎ去るのを待つしかない。それ以外のことは、何も考えなくていい。
終わりに
いかがでしたでしょうか。
今回は、人生で経験する理不尽について、筆者の人生経験をもとに、3つのパターンに整理してみました。
人によっては、この全てを経験する人もいれば、いくつかしか経験しない方もいることでしょう。
でも、別にそれで人の価値が決まるものでもないとも筆者は思います。
理不尽は、いつも突然やってきます。予告もなく、理由もなく、そして時には容赦なく。
だけど、理不尽の中で、私たちは折れながら、また立ち上がりながら、少しずつ「自分という形」を覚えていくのだと思います。
構造に押しつぶされそうになった日も、「なぜ自分だけ」と天井を見上げた夜も、そしてただ生き延びるだけで精一杯だった朝も。
あの経験たちは、不思議なくらい今の自分を支えてくれています。
理不尽は敵ではなく、人生の無言の編集者。私たちの輪郭を痛みで磨く存在です。
もしこの記事が、ほんの少しでもあなたの過去や心の奥の何かに触れたならーー
きっとこの物語も、あなたに届くはずです。。
それでは。



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